Barry Naughton, The Chinese Economy—Transitions and Growth, Cambridge and London, MIT Press, 2007. xvi+pp.528

丸川知雄

 著者のノートン教授は、中国の「三線建設」に関する先駆的な研究〔3〕、ロシア・東欧の採ったビッグバン戦略に対する中国の漸進的な市場経済移行戦略の優位性を主張したマクミランとの共著論文〔2〕、中国の経済改革をマクロ経済の側面から跡づけた単著〔4〕などによって、中国経済に関する第一級の専門家として知られている。私自身もこれら三作を繰り返し読んでその研究内容のみならずその文体をも模範としてきた。そのノートン教授が著した中国経済の教科書である本書も期待を裏切ることがなかった。英語、日本語、中国語で著された中国経済の教科書のなかでいま読むべき本を一冊挙げるとしたら、躊躇なく本書を推薦したい。

 中国経済の教科書として本書には三つの特長がある。第一に、カバーしている範囲が広いことである。今日の中国経済を学生に教えようとする時、成長著しい工業も、世界最大の人口を支える農業も、さらに所得格差問題や環境問題、貿易や財政・金融など、どれも落とすことができない重要な側面である。他方、これらの問題すべてにわたって一人の教師が正確な知識を得ることは容易ではないが、本書はそれを成し遂げているのみならず、それぞれの問題に対する著者独自の解釈を打ち出している。本書の第二の特長は、情報が新しいことである。急速に変貌する中国経済においては知識の「賞味期限」が短い。本書では全体を通じて少なくとも2005年あたりまで情報がアップデートされている。本書の第三の特長は、平易なことである。本書は研究サーベイを意図したものではなく(結果的に英語による中国経済研究のサーベイの役割をある程度は果たしているが)、独創的な研究の報告を目指しているわけでもない。ここには鬼面人を驚かす理論はなく、ごく標準的な経済学が使われているのみである。経済学専攻でない読者でも理解できるような配慮も随所で行われている。データの面では、いくつかの興味深い実証研究の成果が一部使われてはいるものの、大部分は『中国統計年鑑』などごく平凡な素材を使っているにすぎない。しかし、平凡な素材でも、洞察力とデータの適切な加工によって新たな知識が引き出せることを本書は如実に示している。

 以下、本書の内容を、評者の印象に強く残ったポイントを中心に紹介する。

 第Ⅰ部「過去の遺産と背景」では、現代中国経済の背景をなす地理、歴史、社会の状況について解説している。冒頭で、黒竜江省の愛輝と雲南省の騰衝とを結ぶ線によって中国の面積を半分に分けると、実に人口の94%がこの線の東南側に住んでいて、線の西北側は人の居住に適さない砂漠や高地などが広がっており、貧困地域はこの「前線」付近に集中している、という興味深い事実を示す。続いて、中国の市場移行戦略の意義、とりわけロシア・東欧の「ビッグバン戦略」と比べたときの優位性という著者の年来の研究のポイントが紹介される。すなわち、中国の初期の改革には青写真がなく、ただ計画経済の問題を是正しようとして、個人や集団が企業家精神を発揮できるような空隙を作り出した。価格体系の歪みを直してから参入を自由化するというのではなく、むしろ歪んだまま新規参入を認めたが、空隙に資源が流れ込み続けることで市場経済の領域が徐々に広がり、ついには計画経済を凌駕した。著者は、中国の採った民営化なき体制転換の路線にも肯定的である。なぜなら、早急な民営化を目指そうとすると、国有企業の経営を改善する努力はなされず、慌ただしく企業を放棄することになりがちだからである。よって市場移行の初期には民営化よりも国有企業改革の方が有効だという。著者は中国の経験からの教訓として、第一に、パッケージ化された政策処方箋よりも、ローカルな事情を踏まえた慎重な政策策定が大事であるということ、第二に、制度改革を過度に強調するよりも社会経済的能力の発展を目指した政策の方が効果的であるということを強調する。

 第Ⅱ部「成長と発展のパターン」は、経済成長、人口、労働と人的資本、所得分配の問題が取り上げられる。中国の経済成長は、成長率の統計に問題があることは否めないものの、年平均7%以上の高成長が1978年以来27年間にわたって続くという人類史上例のないものであった。その最大の要因は高い投資率だが、第Ⅱ部ではその点について解明を進める。もともと、1949年から78年までの計画経済体制も重工業の高度成長を目指す「ビッグ・プッシュ工業化」とも呼ぶべき戦略を追求していた。その根幹は低く抑えられた農産物価格と高く設定された工業製品価格によって国民から国家財政に投資資金を絞り上げるシステムであった。改革開放政策の当初の意図はこの苛烈な搾取政策を緩和することであったが、いざ農民や労働者への分配を拡大してみると、意外にも国民の貯蓄率が急上昇したため、1978年以降も投資率をいっそう高めることができた。この「予想外」(out of the plan)の成長メカニズムの形成にこそ、中国の改革開放の成功の鍵があった(〔4〕参照)。この豊富な投資資金は主に工業に投資され、本書の推計によれば、78年以降も第2次産業の対GDP比率は着実に向上している。また、人口構成が経済成長に与えた影響も見逃せない。人口転換を強制的に加速した一人っ子政策によって、1990年から2025年まで中国は従属人口(子供や老人)の比率が低い人口ボーナス期にある。ただ、2025年以降は一人っ子政策の影響で逆にきわめて急速な人口の高齢化が待っている。成長の裏面にはもちろん所得分配の不平等化がある。改革開放の初期には農産物買い上げ価格の引き上げによって農村の貧困が大きく改善され、平等化が進んだが、その後改革開放が進むにつれ所得格差は拡大し、21世紀に入る頃にはアメリカを上回る不平等な社会となった。ただ、平均寿命などの人間開発指標で見ると、中国はブラジルやトルコなどの中所得国と比肩するレベルにあるという。

 第Ⅲ部「農村経済」は農村組織、農業、農村工業を扱う。著者は人民公社制度が労働意欲の低下をもたらしたことを認める一方、その積極面も指摘する。すなわち、農民を動員して灌漑設備などの建設を進めたことや貧しい農民にも最低限の食糧を与えるセーフティネットの役割も果たしたこと(もちろん「大躍進」の数年間は除いて)である。集団農業の解体によって農業の生産性は高まったが、同時に農村の基礎医療が崩壊してしまった。2003年に勃発したSARSがその弱点を衝くところであったが、病気の感染力が突然弱まるという幸運によって中国は救われた。集団農業を廃止し、戸別経営を導入したことが改革開放期に農業が成長した主因だというのが通説だが、技術的な要因も無視できない。すなわち、1960年代から人民公社を通じて高収量の米の新品種が普及されたが、それと1980年代前半の肥料投入の増加とが結びついたことで農業生産性が向上したというのである。

 第Ⅳ部「都市経済」では企業の所有と統治、工業、エネルギー、インフラの構造変化、そして技術政策が取り上げられる。改革開放以来の課題であった国有企業のリストラは大幅な人員削減や民営化を経てようやく終着点が見えてきた感がある。だが、国有企業に利潤最大化を追求させるという企業統治の方針と、国が企業を保有する根拠(市場の失敗の是正や公益の増進)との間には矛盾があるのではないかと著者は問題提起している。さらに、著者は近年の中国のエネルギー統計における重大な問題点を指摘する。すなわち、公式統計によれば1996年から2000年の間にエネルギー生産量は19.3%も減少しているが、同じ期間にGDP36%も伸びる中でエネルギー生産が減少するとは考えられない。これは小炭坑を閉鎖すべきという中央政府の命令に対して、地方政府が閉鎖する代わりに生産量がゼロになったと嘘の報告をしたからだろう、と著者は推測する。また、著者は、近年の中国の産業政策の中心はハイテク産業の促進になっていると指摘する。著者はそうした産業政策の意義と成功の可能性についてかなり肯定的である。

 第Ⅴ部「中国と世界経済」では貿易と直接投資を取り上げている。貿易と直接投資においては、閉鎖的な計画システムのなかに、自由な空隙を作り出すという中国の改革の特徴が現れている。貿易における委託加工貿易、直接投資における経済特区や開発区がそうした空隙にあたる。中国政府はまだ公式には資本の輸出入を自由化していないが、国際収支データを加工してみると、実は最大でGDP8%に相当する資本が人民元の下落ないし上昇を期待して出入りしている様が窺える。

 第Ⅵ部「マクロ経済と金融」では財政、インフレ、金融システムなどを取り上げている。著者は、中国の金融は「深いが狭い」特徴を持つと指摘する。すなわち金融資産の対GDP比が増大する金融深化は着実に進展しているが、金融資産はほとんどが銀行預金の形で存在し、それ以外の金融は未発達である。

 第Ⅶ部は「結論:中国の未来」と銘打たれているが、実際には中国の環境問題と成長の持続可能性の議論に集中している。

 以上、本書の内容を見てきたが、中国の市場移行戦略に対する著者の総括と同様に、本書自体も中国のローカルな事情を丁寧に解きほぐす姿勢をとっており、一つの理論ないし結論で中国経済を一刀両断にするものではない。本の構成の面では、都市・農村の分断から社会構造まで言及する第5章「都市・農村の分断」や、人民公社制度から最近の土地問題まで取り上げた第10章「農村組織」などはユニークで効果的な工夫である。

 本書に示された著者の解釈はおおむね首肯できるものであるが、いくつか私の解釈とは異なる点もあった。第一に、都市部のインフォーマルセクターに全就業者の13%が雇用されている(182-185ページ)、としている点についてであるが、個人経営や私営企業以外の「都市部インフォーマルセクター」とは何なのか疑問である。実際には、全就業者数に関する統計と、様々な所有制の企業の就業者数を積み上げた統計とのギャップがこの13%であり、これは就業統計の不備がもたらしたものである。第二に、計画経済期のビッグ・プッシュ工業化戦略は、貿易に対し閉鎖的で自己完結性を求める戦略を伴った(58ページ)としているが、これは林毅夫らの研究〔1〕に引きずられた見方である。実際はむしろ外国貿易に依存しないという選択が先であって、それゆえに生産財を自給する重工業優先政策が採られた、と解釈すべきではないだろうか。中国はソ連の一国社会主義をソ連の援助によって再現したのである。第三に、企業統治が国際水準にある中国企業の例として華為技術を挙げている(325ページ)が、華為技術が優れた企業であることは間違いないとしても、株式を上場していない企業をここに挙げるのは疑問である。第四に、中国の委託加工制度には東アジアの先例に比べて制度的に新しい点は特にないとしている(386ページ)が、広東省における「転廠」の制度、すなわち免税で輸入した物を加工した製品をさらに国内で転売できる制度はユニークなものではないだろうか。「転廠」制度は、珠江デルタが「飛び地工業化」から産業集積に進化する上で大きな貢献をしたと思う。第五に、中国では半熟練労働力が豊富に供給され、労働集約的製造業での比較優位はあと10年は続く(398ページ)としているが、2004年から珠江デルタなどで労働力不足が叫ばれ、その後賃金上昇、人民元の上昇もあって、ベトナムやカンボジアに拠点を移す企業も数多い状況を見ると、若干の留保をつける必要がある。

 以上のように多少の異論を差し挟む余地もないわけではないものの、本書はきわめて広範囲の問題について、中国の事情に関する正確な理解に基づき、バランスの取れた解釈を示しており、まさしく中国経済の教科書たるにふさわしい内実を持っている。

 本書には著者ならではの鋭く含蓄に富んだ文章がちりばめられているが、最後に本書のなかで私が最も気に入った文章を引用しておきたい。「これまで発展に成功した国々の経験から、ある国が中程度の発展レベルに達すると、その国の世界の厚生に対する貢献が増大することを我々は知っている。(中略)中国も発展するにつれて、世界の厚生に対して、我々がまだ予見できないような貢献をするに違いない。次の世紀にかけて、中国から科学や医学の発見、新しい製品やサービス、新たなる文化的貢献が溢れ出してくるだろう。」(11-12ページ)中国の発展は、人類全体にとって災禍ではなく慶事なのだというこの楽観主義を私も著者と共有したい。

 

引用文献

〔1〕Lin, Justin Yifu, Fang Cai, and Zhou Li (1996), The China Miracle: Development Strategy and Economic Reform. Hong Kong: Chinese University Press.

〔2〕McMillan, John, and Barry Naughton (1992), “How to Reform a Planned Economy: Lessons from China,” Oxford Review of Economic Policy, 8(1), 130-43.

〔3〕Naughton, Barry (1988), “The Third Front: Defense Industrialization in the Chinese Interior.” China Quarterly 115 (Autumn): 351-86.

〔4〕Naughton, Barry (1995), Growing out of the Plan: Chinese Economic Reform, 1978-93, New York: Cambridge University Press.

(東京大学社会科学研究所)